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この月明かりの下で 5

第五夜  暁月夜に狐は尻尾を一振りし・・・

moon5


 うっすらと空が明け初めてきたことに、颯は立ち止まって顔を上げた。
 ちらちらと木々の間から見える彼は誰星は東の空で今夜最後の瞬きをしている。
 
 (仲間の中に間者がいた・・・)
 あのとき、誰かがそう叫んでいた。計画通りにやれば“事”は穏便に、そして確実に終わるはずだったのだ。
 あの夜の状況を思い出そうとすると、同時に血生臭さや叫び声、木々の騒ぎ立てる音が頭の奥から湧き上がってきそうだった。
 (そのことよりも、今は一刻も早く帰らなければ・・・)
 今夜は居待ち月であった、あの夜からすでに三日は経ってしまっている。
 山をふたつ越えたところにいるはずだから、そろそろ狐衆の集落が見えてきても良い頃だ。
 しかし、歩き出したところにズキリと足から激痛が走り、颯は思わず顔をしかめた。
 闇者になるものとして、傷を負っても痛みを感じないように、體の痛みとそれを感じる神経を切り離す訓練は幼い頃から受けていた。
 怪我を負ったことで無意識に怯む、その一瞬の動きの躊躇いが一番の命取りになりかねないからだ。
 だがこの二日間歩き通しで、さすがの颯も足と背中の痛みに耐えられなくなっていた。
 (これがなかったらもっと遅くなってただろうか)
 痛む自分の左足を見る。足首を両側から枝をはさんで、衣の切れ布でぐるぐる巻きに固定されていた。
 それはとても不慣れな巻き方ではあったが、でも手当てをしてくれた彼女の一生懸命な顔が忘れられなかった。
 透き通るような肌、まるで木漏れ日を入れたようにきらきらと輝く瞳、水が滴る栗色の毛のきらめき───そう、たしかに彼女の毛色は狐にはありえない栗色であり、困ったように動く耳は狸の耳であった。
 (しかもあそこは向山の奥地のはず。清と言った・・・あの子は一体何者なのだろう)

 日が天辺に上がりきる前に、颯は狐衆の里に辿りついた。
 里に広がる田んぼには緑色の小さな稲穂が風にそよいでいる。畑には多くの作物が実を膨らませ始めたようだった。
 一昨日に夜に何事もなかったように、里の風景はいつもと変わらず喉かであった。それを横目に、颯はその足で稲荷山へと向かった。
 
 稲荷山は里を隠し覆いかぶさるようにしてそびえている。
 その名の通り、稲荷山には古から稲荷神が住まう神山である。狐は、命の源である山の食物を守り、そして自らも制限するという契約を取り交わし、その稲荷神の使者“守り身”として山のふもとに住まうことを許された唯一の衆であった。
 山の頂上に向かってのびるいくつもの鳥居をくぐると、稲荷神がおわす大きな楠木の神籬がある。しかし、稲荷神とお逢いできるのは狐衆の中でも上のモノと「真に願いを持っているモノ」だけといわれ、実際に稲荷神様を見たモノも数名しかいないという。
 
 颯は、先も見えないような長い鳥居の前を通り過ぎ、道のない草むらの中を掻き分けて入っていった。
 少しその先を行くと、草むらの中に隠れるように狐の像が一匹座っていた。周りにも特に何もない。
 颯はその像の前で立ち止まると、自分の前足を一噛み、小さく出た血でその狐の額に「風」とかいた。
 狐の尻尾が一瞬動いたように見えたと思うと、すうっと血が染込むように風という字が消えた。
 すると、まるで草が自ら動くようにさわさわと揺れると、先ほどまではなかった道が開かれた。ゆるいカーブを描きながら、その道は先の見えない谷へと下っている。

 颯は狐の像の頭を優しくひと撫ですると、闇者たちの隠れ屋敷に続くその道をゆっくりと入っていった。




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【用語・読み解説】 (灰字→広辞苑より抜粋) 

* 暁月夜(あかときづくよ)・・・明け方近くの月の見える空の状態。
* 彼は誰星(かはたれぼし)・・・夜明け前の東の空に見える金星のこと。
* 居待ち月(いまちづき)・・・陰暦十八日の月のこと。
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